榎本美乃里税理士事務所「不動産」と「相続」専門税理士事務所

法人化後の運営

役員報酬の決め方で、手残りはここまで変わる

榎本美乃里税理士事務所

法人化したあと、役員報酬をいくらに設定するか。この判断ひとつで、同じ家賃収入でも手元に残る金額は大きく変わります。

税率だけを見て決めると、社会保険料の増加で手残りが減ることがあります。この記事では、税金と社会保険料の両方を踏まえた役員報酬の考え方を整理します。

役員報酬は「法人と個人の配分」を決める作業

法人を設立すると、家賃収入はまず法人に入ります。そこから役員報酬としていくら個人へ出すかを決めるわけですが、これは単なる給与の設定ではありません。同じ利益を、法人と個人のどちらで課税するかを選ぶ作業です。

役員報酬を高くすれば、法人の利益は減って法人税は下がります。しかし個人の給与所得が増え、所得税・住民税と社会保険料が上がります。逆に低くすれば個人の負担は軽くなりますが、法人に利益が残って法人税がかかります。

どちらかに寄せれば得をするという単純な話ではなく、両方を合計した負担が最も小さくなる水準を探すことになります。

税金だけを見ると判断を誤ります

役員報酬の設計でよくある失敗が、税率だけを比較して決めてしまうことです。法人の実効税率がおおむね23〜34%、個人の所得税・住民税が5〜55%。この比較だけで「個人の税率が法人より低い範囲まで報酬を出せばよい」と考えると、実態から外れます。

抜けているのが社会保険料です。役員報酬には健康保険料と厚生年金保険料がかかります。会社負担分と個人負担分を合わせると、報酬額のおおむね30%に達します。

社会保険料は「第二の税金」です

税率だけを見て役員報酬を高く設定した結果、法人税と所得税は減ったものの、社会保険料の増加でトータルの手残りが減ってしまう。この逆転は実際に起こります。役員報酬の検討では、税金と社会保険料を必ずセットで計算してください。

ただし、社会保険料には税金にない性質があります。厚生年金保険料は将来の年金額に反映されますし、健康保険料も傷病手当金などの給付につながります。単純な負担とは言い切れない部分があるため、目先の手残りだけでなく、将来受け取る額まで含めて判断する必要があります。

給与所得控除という、もう一つの効果

役員報酬が個人事業の所得と決定的に違うのが、給与所得控除が使える点です。

個人で不動産を所有している場合、家賃収入から必要経費を引いた金額がそのまま不動産所得として課税されます。一方、法人から役員報酬として受け取れば、実際の支出がなくても給与所得控除が差し引かれます。

役員報酬(年額)給与所得控除の額
180万円以下収入金額×40%-10万円(最低55万円)
180万円超〜360万円以下収入金額×30%+8万円
360万円超〜660万円以下収入金額×20%+44万円
660万円超〜850万円以下収入金額×10%+110万円
850万円超195万円(上限)

注目していただきたいのは、控除率が報酬の低い範囲ほど高いことです。年収180万円なら収入の40%が控除されますが、850万円を超えると195万円で頭打ちになります。

ここから導かれるのが、一人に高額を支払うより、複数人に分けたほうが控除の総額が大きくなるという結論です。

家族へ分散すると、なぜ手残りが増えるのか

役員報酬の設計で最も効果が大きいのが、ご家族への分散です。理由は二つあります。

  1. 累進課税が緩和される/所得税は所得が増えるほど税率が上がります。一人に1,200万円を支払うより、二人に600万円ずつ支払うほうが、適用される税率帯は低くなります。
  2. 給与所得控除が人数分使える/控除は一人ひとりに適用されます。分けるほど控除の総額は増えます。

この二つが重なるため、分散できるご家庭ほど法人化の効果は大きくなります。逆に、分散する相手がいない単身のオーナーでは、法人化のメリットは限定的になります。

ただし「実態」が必要です

名前だけ役員にして報酬を支払うことはできません。物件の管理、入居者対応、経理など、実際に業務を行っている実態が求められます。実態のない報酬は、税務調査で否認されるリスクがあります。職務内容と報酬額の釣り合いも確認されます。

定期同額給与という制約

役員報酬には、従業員の給与にはない制約があります。期の途中で自由に金額を変えられないという点です。

法人税法上、役員報酬を損金(経費)に算入するには、原則として定期同額給与である必要があります。毎月同じ金額を支払い、変更できるのは事業年度開始から3か月以内に限られます。

これを守らずに期の途中で増額すると、増額分は損金に算入されません。法人税の計算では経費にならないのに、個人では給与として課税される。二重に不利になります。

決算後3か月が唯一の機会です

役員報酬の見直しは、事業年度開始から3か月以内にしかできません。この時期に、前期の実績と当期の見通しを踏まえて金額を決めます。ここを逃すと、次の1年間は動かせません。前期決算の確定と同時に検討を始めるのが実務的です。

裏を返せば、期首に1年分の利益を予測して報酬を決める必要があるということです。空室が出た、大規模修繕が発生したといった変動があっても、報酬は動かせません。予測が難しい場合は、役員報酬をやや低めに設定し、法人に利益を残す設計にしておくほうが安全です。

検討の順序

役員報酬を決める際は、次の順序で検討してください。

  1. 法人の年間利益を見積もる/家賃収入から、地代・減価償却費・修繕費・借入利息などを差し引いた金額を予測します。
  2. 誰に、どんな業務を担ってもらうかを決める/実態のある職務があって初めて報酬を支払えます。金額より先に、業務の割り振りを決めます。
  3. 税金と社会保険料を合算して試算する/複数の報酬水準について、法人税・所得税・住民税・社会保険料の合計を比較します。
  4. 法人に残す利益を決める/すべてを報酬で出す必要はありません。将来の修繕や物件取得に備えて内部留保する判断もあります。

役員報酬の設計は、法人化の効果を左右する最も重要な部分です。設定を誤ると、法人化したのに手残りが減るという結果にもなり得ます。物件の収支とご家族の状況を確認したうえで、数字で比較して決めることをおすすめします。